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第九のヴィルトゥオーゾと東西兄弟の話。
昨夜から降り続いた雪は、辺り一面を青白く覆い尽くすまでになっていた。
今年は暖かい日が続いて、積もるまでに至らなかったのだから今日は特別だ。
ぎゅっぎゅっと長靴で柔らかい地面に少し大きさの違う2対の足跡を点々とつけ、二人で手を繋いでぬくもりを共有しあう姿に、通りすがった老婆が仲のいい兄弟だこと、と息を吐いた。
「……それでな、『今日ジュリエッタと目が合った!』とか『手を振ってくれた!』とか逐一報告にくるんだ。俺はお前のかーちゃんかっての」
「へえ」
白い吐息を弾ませて昔話を語る兄の姿は好きだ。
この時期になると毎年演奏会が催されるかの有名なヴィルトゥオーゾは兄の知己だったと云う。
どうしてなかなか、この人はこんなにも幅広い人脈を持っているのだろう、と今になっても解せない。


二人そろって鼻の頭を真っ赤にさせ劇場に着いたとき、まだ人影はまばらだった。ちょっと早起きしすぎたな、と外気にさらされて氷水に浸したように冷たくなった片手を口元で温めながら、毎年恒例の言葉を口にする。繋いだ手の暖かさは健在だった。
ずっと昔から、この時期に第九の演奏がされてきた劇場である。上司に言えば一等席を確保するのはたやすいことだったが、兄は他の国民と交じって観ることを好んだ。
というよりも、オーケストラの音が一番よく聴こえる場所の目利きにかけて、プロイセンの右に出る者はいないのだった。ホールの奥行きと高さ、そして天井の広がり方などからはじき出されるその場所は、昔からずっと変わらない。
日々徒然 CM(0) TB(0)
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